エグゼクティブサマリー
百貨店を中核とする三越伊勢丹グループが推進するデジタルの取り組みにおいては、常に変化し続ける顧客ニーズに対応するべく、多様なサービスを提供するための柔軟なシステム運用・開発が求められます。その過程で直面するシステムコストの最適化、関係者間での適切な情報共有とコミュニケーション、経営判断のための精緻な予実データ作成などの課題を解決するため、三越伊勢丹システム・ソリューションズは、テクノロジー投資管理製品の IBM Apptio を導入。IT ファイナンス管理のベースとなる「IT コストの可視化」を実践し、さらなる IT 変革へ次の一歩を踏み出しています。
会社概要
三越伊勢丹グループは、国内 20 店舗・海外 23 店舗の百貨店を中核に据えながら、クレジット・金融、建装、旅行、システム、物流、人財派遣など幅広い事業を展開しています。「お客さまの暮らしを豊かにする、“特別な” 百貨店を中核とした小売グループ」を目指す姿 に掲げ、重点戦略である“高感度上質” 戦略、“個客とつながる”CRM 戦略、“連邦” 戦略、“まち化” 戦略を推進。700 万人を超える識別顧客のさらなる拡大と、個のマーケティング強化のため、デジタルとひとの力を最大限活用し、強みを生かして時代に合った「個」のビジネス=個客業への変革を推進しています。
三越伊勢丹システム・ソリューションズは、百貨店事業およびグループ各社の情報戦略を担うと共に、これまで培ってきた経験を生かし、外部企業へのソリューション提供にも取り組んでいます。三越伊勢丹グループが目指す姿の実現に向けて、全国のグループ百貨店に対して非競争領域の共通プラットフォームの提供や業務効率化の支援など、情報とアイデアを生かし、「こころ動かす、ひとの力で。」をミッションに、革新的な提案でグループの ITをけん引しています。
課題
三越伊勢丹グループでは、各事業ごとにお客さまのニーズを捉えたサービスを企画し、三越伊勢丹ホールディングス情報システム部門がシステム要件をとりまとめて予算を管理。IT子会社である三越伊勢丹システム・ソリューションズ(以下:IMS)がグループ全体の IT資産を保有しながらさまざまなシステム等の運用保守とサービス開発などを担当しています。
「百貨店事業はお客さまの課題やニーズの変化に合わせて対応し続ける業態です。お客さまへ提供するデジタルを活用したサービスにおいても、変化に対応し続けるとなるとシステム投資やコストの最適化は継続的な課題となります。その課題解決の第一歩として IT コストの可視化は絶対に必要でした」と語るのは、株式会社三越伊勢丹ホールディングス 執行役員 CIO 兼 三越伊勢丹システム・ソリューションズ 代表取締役社長執行役員の三部智英氏。三越伊勢丹グループは、デジタル戦略を推進し、2019 年から IT コストの削減に取り組んできました。その過程で、組織全体 IT コストの考え方を共有し、根付かせる必要性を強く感じたと三部氏は言います。
三越伊勢丹グループでは、各事業にまつわる IT 投資、運用保守サポートやインフラ費用等、システムにかかわる費用を負担する各所管に対して、費用への理解や納得感を得ることが難しいケースがありました。また、サービスの実現とスピードを優先したことにより、IMSの実務負担が増え、品質維持の困難、費用の増加といった課題も生じていました。
さらに、コスト削減の観点ではレガシーシステムにまつわる課題も抱えていました。ビジネスプラットフォームやデータ基盤を用意していく中で、もっとも費用がかかる既存システムを最適化するためには根拠となる指針が必要になります。また、経営やミドルマネジメントが正しく意思決定を行うには精度の高い予実管理が重要ですが、あらかじめ作成した予算と実績に大きなギャップが生じるケースもあり、グループ全体の営業利益予測にブレが生じるという問題もありました。
こういった課題を解決するべく、『IT コストの可視化と最適化』、『コミュニケーションの高度化と関係性改善』、『予算作成の負荷軽減と精度の向上』を主な狙いとして 2021 年 11 月から IBM Apptio の導入がスタートしました。
IBM Apptio を活用した取り組み
IBM Apptio は、テクノロジーによって生み出されるビジネス価値の最大化を目的とした ITファイナンスの方法論である Technology Business Management(TBM)の実践を支援する SaaS ソリューションです。IMS で経営企画部経理担当長を務める中西 正幸氏は「IBM Apptio の導入は、主に 4 つの取り組みを掲げて進めていきました」と振り返ります。
①『IT ファイナンスの高度化』
財務以外のデータを可能な限り集め、可視性を高めるための多軸分析に着手。その上で、毎月最新の見通し分析と修正を行い、年度の着地を揃える作業を継続。加えて実態が見えにくいシステム別の IT 保守の分析を2つの視点で実施。1)労務費、外注費や減価償却費と保守・ライセンスなどの契約金額の予算と実績を分析。2)労務費、外注費の保守作業実績を分析
②『コスト削減機会の特定』
可視化されたデータを基に契約インサイト、労務インサイト、システムインサイトを作成し、データを精緻化してコストの削減および最適化の機会についてインサイトを得るための取り組みを実施
③『当初予算と着地見通しの改善』
当初予算の精度向上と着地見通しの精緻化は、特にグループ全体の数字に関わる重要課題と位置づけ、月次で徹底するようにプロセスを改善し、予実差異の最小化への取り組みを実施
④『経理作業の効率化』
Excel で行ってきたレポート作成や予実管理などの作業時間をツールの活用で短縮し、IBM Apptio の機能開発を内製化するなど、定量的な成果につながる「経理部門の DX 化」を推進
導入プロジェクトは、これら4つの取り組みを3つのフェーズに分け、約 16 ヵ月かけて進められました。[図]
フェーズ 1 では、IBM Apptio の標準機能を使用し IT ファイナンスから固定資産までデータの精査と可視化を行い、特に全体の数字に関わる IT ファイナンスの数値確認には時間をかけました。また、経営者への月次・年次の報告資料作成や様々なシステムの累積・年間費用の可視化も IBM Apptio で行っています。
フェーズ2以降の高度化では、まず費用対効果、投資対効果が見えるレポート作成でサービスレベルや適切な投資額を明確にし、フェーズ3では可視化された数字を元に必要な対策の起点となる担当者向けの月次レポートや各種インサイト用の資料を作成。加えて経理業務を効率化するレポートも内製しています。
また、全てのフェーズを通して、既存システムのコスト最適化を図るための 4 象限(現状維持、マイグレーション、機能追加、機能縮小)を全てのレポートに表示し、さらにビジネスオーナーを紐づけることで、IT コストを組織全体で考えていく形をつくりました。
[図]フェーズごとの取り組み

導入効果
IT 変革への取り組みと共に導入された IBM Apptio の運用も約 1 年半が経過し、三越伊勢丹グループの IT コストの削減において、様々な成果が現れています。
三部氏がまず挙げるのは、システムにかかわるひとり一人のコスト意識の向上です。
「当初は IT コストの可視化が一番の目的でしたが、現在はコミュニケーションの高度化ツールとしての重要性も高まっています。各所管、情報システム部門、IT 部門の各リーダーが月 1 回のミーティングで成果の実現に向けた取り組みと費用を確認するプロセスも定着し、予算の増減に応じたリソースの再分配など柔軟な対応が可能になりました。また、プロダクトとコストに責任を持つビジネスオーナーのコスト意識も確実に向上しています」
こうした行動様式の変化は、IBM Apptio を起点とした可視化が進み、コミュニケーションの質が向上し、運営プロセスが定着してきた結果だと評価されています。特にコミュニケーションの質の向上では、レポートにデータと合わせて「話し合うべき観点」を記載することで各所管が問題点に気づき、期中の修正がしやすくなり機会損失の減少に繋がっていると言います。
また、定量的な成果として、中西氏は経理部門の効率化とプロフィットセンターとしての価値の創出について次のように話します。
「手作業で行っていた業務を IBM Apptio でアプリ化し一元的に集中管理することで、月次の財務報告業務におけるコストは約 4.5 人/ 月削減できました。また、2023 年度下期の修正予算作成では IBM Apptio の見通し作成機能を使い、1 週間程度かかっていた作業を約2 日に圧縮することが可能となりました。経理全体でもかなり効率化が進み、必要な機能の内製化にも取り組めています」
さらに IMS は現在、自社のノウハウを生かして IBM Apptio 構築サービスを他社に提供する事業も始めています。
「経理のプロフィットセンター化は以前から考えており、IBM Apptio の導入時から私たちのノウハウをビジネスにできないかと検討していました。経理はいつも現場にコスト削減をお願いする立場です。IBM Apptio を導入したことで経理業務の効率化から創出できた時間を活用し、新しい価値を生み出していきたいという思いをメンバーとも共有しながら進めています」
今後の展望
2024 年 11 月に発表した三越伊勢丹グループの次期中期経営計画を落とし込み、IT 戦略の中長期ロードマップを作成しました。三部氏は「時代の変化に対応するため、IT 予算の優先順位を期中でコントロールし、コストを見ながら戦略を調整するツールとして IBM Apptio を活用したい」と語ります。
中西氏からは、IBM Apptio への期待を込めた要望も聞かれます。
「今は企業のサステナビリティや社会価値の創出も問われます。そこも含めて企業価値向上への貢献などが可視化できる要素が IBM Apptio にあれば、さらに組織内の会話の幅も広がるのではないかと期待しています」
最後に、IT コスト可視化への取り組みと IBM Apptio の活用を振り返り、お二人はそれぞれ次のように話します。
「IT がビジネスの中心になった今、ビジネス部門とエンジニアと経営の橋渡しは情報システム部門にしかできません。IT コストを最適化し、経営が求める KPI の設定やシステムのROI を提示し、組織のコミュニケーションを高度化する。そのためにはまず可視化が絶対に必要です。このような取り組みを進めるためのツールとしての価値が IBM Apptio にはあると思います」(三部氏)
「IBM Apptio を導入するなら、可視化で終わらず、その先のプロセスでどのように活用するかを考えて進めていかないと本当の価値につながりません。そういう意味でも可視化、最適化、コミュニケーションの高度化、そして予実の精度向上、といったシナリオ性のあるプロセスが重要だと思います」(中西氏)
